Life is like a boat 3

夢を見た。


暖かい夢だった。


まだ庇護されるだけの子供でいられた頃の、なんて幸せな、幸せな悪夢。


夢の暖かさと反比例するように、目覚めは冷たい。

ぶるりと肩を震わせ、手近にあった毛布のぬくもりを求めたが悪寒は止まらない。


…ああ、不覚。自分とした事が。


(…風邪引いた。)




時計を見やれば、時刻はいつもより少し早い。
上手く動かない頭を緩く振って、ぐらりと回る世界が落ち着いてから立ち上がる。
椅子にかかっていたスウェットのパーカーを着込んで、ずるずるとリビングへと向かう。



家人に見つかる前に、薬を飲んで、ゼミの後輩へメールで休むと連絡しよう。
明日のプレゼンは単位がかかっている以上、是が非でも休む訳にはいかないけど、資料もリハも昨日やった限り問題なかったし。
弁当は、確か、冷凍食品があったはず。卵焼きぐらいなら作れない事もない。
冷凍のから揚げは嫌いだとぬかす義弟には悪いが、文句があるなら自分で作れ。


「サイ?おはよー早いわね?」
「……。」


げ。

そう思った瞬間、「シマッタ。」とも思いなおしたが、ただでさえ鈍くなっている思考回路ではそれが限界。
誤魔化す暇も与えない嵐が目の前に見えたのは、熱による幻覚ではない。



「ムウ!起きて!車出して!!病院!!保険証どこ?!」
「あー、マリュー姉さん、…大丈夫だから。」
「悪いけど、サイの自己申告の大丈夫は信用しません!」
「何の騒ぎだぁ?」
「ディアッカ、保険証持ってきて!あと、サイの部屋に行って上着と、」
「サイー?体温計どこだー?」
「ポカリあったわよね?」

過保護。
そんな酷くもないんだから風邪ぐらい寝てりゃ治るのに。第一、

「この家の人間は、物の置き場所を把握してないのか?」
「大丈夫そうじゃん。寝てろ寝てろ。こんな時期の病院行ったら他のウィルスもらって更に悪化するのがオチだって。」
「でも…!」
「ディアッカの言うとおりだよ。大丈夫大丈夫。昼まで様子見て熱下がんないようならタクシー呼んで病院行くから。
 姉さんもムウ兄さんも今日会議だろ?俺はいいから、自分の準備しなよ。
 そういう事で悪いけど昼飯は各自で何とかしてね。あとディアッカ、」
「んー?ゼミの事ならキラに言っとけばいいか?」
「…よろしく。じゃ、悪いけどお願いします。」
「サイ!」

眉根を寄せて真剣に心配している姉の肩に、落ち着かせるように手を置いて義兄が諭す。

「昼に電話する。熱下がっていないようなら公用車で迎えに来るからな。」
「…税金の無駄遣いはやめてね?ムウ兄さん。」


*

次に目を覚ましたのは、12時に近い時間。

遮光カーテンの隙間から零れる光。規則的に聞こえる音が雨の音だと気づいたのはそれからしばらくしてから。

(…通り雨かな?)

隙間から零れた光は、ドアに向かって白く伸びる。
覚醒しきっていない頭で、サイドテーブルに置いたメガネに手を伸ばす。

「メガネ、メガネっと。」

寝起きのせいだけではない、しゃがれた声に苦笑いしつつ、誤魔化すようにポカリを口にした。

たかが数時間の割によく眠れた気がするが、朝と同じく夢見が悪くて、おまけに汗かいたからパジャマ代わりのTシャツが張り付いて気持ち悪い。
着替えを出そうとクローゼットを開けた時、軽やかな音色が携帯の着信を告げる。


(あー、昼に電話するって言ってたっけ?)

画面に表示された名前を確認して、電話に出ると画面に表示された人とは違う声


『もしもし?』
「マリュー姉さん、携帯忘れたの?」
『違います。会議抜け出してるからムウに借りたの。で、熱は?具合はどう?』
「…仕事しなよ。熱は下がった。こっちはもう心配いらないから。」
『…そう。』

訪れる沈黙。
…おかしい。いつもなら何だかんだで大騒ぎするくせに。

「姉さん?会議に戻んなくてもいいの?俺なら大丈夫だから。」
『わかってる。…アンタも、もう大人なのよね。』

意味がわからず、黙ってしまった。

『…とにかく、今日は早く帰るから。あったかくして寝てなさい。いいわね?』
「はいはい。」
『ハイは1回。…洗濯でもしようなんて考えたら入院させるからね。』
「…わかりました。お姉様。」

通話終了後は言いつけどおり、大人しくベットに横になった。

*
それから、浅い眠りを繰り返す。
ふと聞こえた声に、ああもう夕方なのかとぼんやり思った。

「―――。」
「――――。」

半分夢の中で声を聞く。

ああ、また夢だ。忘れかけていた暖かい悪夢。

「――るの?」

何?今なんて言った?


「泣いてる?」

違う。悲しいんじゃない。


「何か、思い出しちゃったのかしらね…。」

あー、そうかも。

額を撫でる手が冷たくて気持ちがいい。


「…もう少し、お姉ちゃんでいさせてよ。」

呟かれた声はか細くて、

(……ああ、もう。世話の焼ける。)

薄く笑った。

**

次に目を覚ませば、時間は更に過ぎていて、目の間にチラついていた暖かな悪夢の残渣は欠片も見当たらなかった。


「おー起きたか具合どうよ?」
「おかげさまで。悪いな?心配かけて。」
「主に心配してたのは、今いない奴らだって。たまには心配かけてもいいんじゃねーの?優等生のサイ君は。」
「あはは考えとくよ。…で?ディアッカ?ソレ何かな?」
「料理って、化学なんだな。」
「うつすと悪いからさっさと部屋に戻れよ。ああ、ソレも忘れずに持って帰ってくれ。」
「お前、人の好意をなんだと思ってやがる?」
「半分はやさしさで残り半分が危険物。」
「…毒舌が戻ってきたな。もう心配いらねーだろ。ホラよ。」
「?何だよコレ?」
「おっさんとマリュー姉から。」

手渡された瓶に入っていたのは、細く切られた大根と蜂蜜。

「懐かしー。」
「喉にいいんだって?」
「そうそう。ディアッカも飲む?」
「…甘そう。」
「そりゃね。蜂蜜ですから。」

コップに移し変えて飲めば、懐かしい甘さに笑いが零れる。
大根だろー?と訝しげに匂いをかいだりしているディアッカの姿も可笑しくてまた笑っていると、
瓶に入った大根をつまんで、…食べたよコイツ。。

「…大根だ。」
「…間違っても人参にはならないと思うな。」


***

次に起きた時は昨日のダルさはどこへやら。
目覚め爽快。さて、

「……ありえない。」

ベットの下には敷き詰められた布団。さして広くもない1人部屋に大のオトナが4人。この部屋だけ人口密度が高すぎる。

そんでもって、

この状態が、自分の為に引き起こされたと言う事実にちょっとだけ嬉しく思ってしまったなんて

「ありえない。ありえないぞ。しっかりしろサイ。お前はこの家の唯一の良心だろ?」

一瞬浮んだ考えは即刻消去した。


******

…更にありえない出来事は続く。


「ミイラ採りが、って話聞いた事ある?」

「ごめんねぇ?こんなはずじゃなかったんだけど。」
「あ゛ー齢かなぁーだりぃー。。」
「サイ、俺のおかゆ卵入れてー?」


ああ、愛すべき家族達よ。
望むなれば、3人一緒は勘弁してくれ。
BACK