Baby, you're my home

20:41

「もう、来ないでくれる?」

家に来るなり、慣れた様子で冷蔵庫の買い置きのビールを取り出しかけた男に向かって最後勧告。


「何だ?何だ?男でもできたか?」
「そう。だからアンタがいると都合が悪いの。二度と来ないで。」
「んーわかった。あー腹減ったぁぁー今日飯何?」
「……。」
「眉間の皺。固定されっぞ?」


あからさまに非難の眼差しをくれてやるものの、大した効果が無いのは自分がよくわかっている。
そもそも、そんな効果があれば今までこんな関係が続いている訳も無く、

…関係と呼ぶにもおこがましい。


「…嫌味が通じない馬鹿は疲れる。」
「怒りながら食べると消化に悪いぞ?ショーユとって?」


小さな不満を上げればキリがない、かといって満足は決して・いっそ見事なまでに、していない。
言うなれば、「期待をしていない」。

そんな距離。


居心地がいいのはお互いを見ていないから。


向き合うことさえも放棄したワタシタチに輝かしい未来が訪れる訳も無く。



         惰性だけで付き合っていくには距離が近すぎた。

          未来を歩むには距離が遠すぎた。




0:12

散々食い散らかして、飲むだけ飲んで、当然全て片付けさせて、
ようやくその態度と共にでかい図体が重い腰を上げた時には日付が変わっていた。


「ハイ。忘れ物。」
「何これ?…あー、置いといて?」
「来た時言ったでしょ?『二度とくるな』って。もう忘れたの?トリ頭。」
「じゃ、捨てていーよ。」


それができないからわざわざご丁寧に袋に入れてやっているというのに人の気も知らずにこの馬鹿は。

差し出した袋をどうする事もできずに黙って押し付ける。


受け取った袋を眺め、ドアに寄りかかるようにしてふいにこちらを見る


「…やめちゃえば?」
「はぁあ?」
「昔の事も受け入れられないような心の狭い男にお前の相手が出来る訳がねぇ。」
「何ソレ。妬いてんの?」
「俺ですら持て余すのに。」
「出て行け。」
「ひでぇー。あ、別れたら連絡しろよ?」
「する訳ないでしょ。失恋パーティーin家は1人寂しく決行が基本。っていうか別れる前提で話を進めるな。」
「2ヶ月もったら祝杯だな。」
「不吉な事いうな。出て行け。」

押し出すようにしてドアを閉めた。



バタン。


やけに響いた音に驚いたのか心臓がうるさい。

最後の最期までろくな事言いやしない。


―――ナニモ シラナイ クセニ―――


そんなの、お互い様じゃない。アイツもアタシも。自分ですらわからない感情の何を知っていたと言うの?


最後に、

アタシを見たアイツの顔が、

アタシの知らない顔だったからって、

ソレに何の意味がある?


(…今更。)


寝てしまおう。睡眠はストレス発散に一番効果的だって誰かが言ってた。余計な事なんか考えない。逃避だろうがかまうもんか。

振り払うようにして部屋へ戻る。





「……。」

…忘れると、決めた、のに。


(…テーブルに置きっぱなしの見覚えの無い携帯が妙に自己主張しているのは持ち主のせいなのか?!)


ギリっと何かを噛み潰すかのように、飲み込んで、

自己主張の激しい携帯と上着を掴んでドアを開けた。


ガチャッゴンッ!!「だっ!??」



(へ?)

勢い良く開くはずのドアは半分ほどで止まり、足元から響いたのは鈍い音とうめき声。

「ってぇぇぇ…」
「…何やってんのよ。」
「何、って…、」
「ホラ携帯。手間かけさすんじゃないわよ。」


携帯を投げ渡し、ドアを閉めようとしたその時、

「考えてた。」
「あ?何訳わかんない事…」

それが先の質問だとわかったのはしばらくしてから。
立ち上がった事によって引き起こされた妙な圧迫感と威圧感、体重を預けていたドアを引き寄せられ、
重心がぶれて踏鞴を踏む




誓って期待なんかしていない

引き寄せられた腕の痛みと大昔の胸の痛みを錯覚した訳でもない


「俺で妥協しとけよ。」

よりにもよってそんな頭の悪いセールストークで買い取る訳無いでしょといつもみたいに悪態つきたかったのに


表情と台詞に反比例するような鼓動の早さがどちらのものかわからなくなって


0:23


あとは いっそ無様に堕ちるだけ。



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