フィルムズ


思い出せなくなったのは、いつからか―


「あ。」


業務連絡を終え、そろそろ埒の明かない残業に無理やり目途をつけて帰ろうかと何の気なしに見た携帯のディスプレイ。


―2008/08/01 22:34― 


こんな時間まで仕事していたのかと驚くには、日常的過ぎる時間帯。驚いたのは時間ではなく、

「もう、8月。」

月日の早さか。それとも、



フィルムズ


「あ、…っつー。」

口に出すのも一苦労、踏み出した足先を容赦のない太陽が照りつける。
日ごろの運動不足はもとより、忙しさにかまけて日中こんなに太陽の光を浴びることさえなかった最近の自分には
今年の暑さは殺人的過ぎる。
日傘を持つ手の平にはじとりとした汗がにじみ、気合を入れて施した顔の壁はおそらく残すところあと2層。
1歩踏み出すごとに奪われる体力と精神力のエンプティーランプが灯るのもそう遅くはなさそうだ。

なんで、こんな思いして、なんで、

暑さに任せて自問自答を繰り返す。理由がないと動けない自分が、いっそ惨めで笑えてくる。
見上げた太陽からも嘲笑われているような錯覚をおこす。何もかも暑さのせいにできたらどんなによかったか。

「…思い出しちゃったんだもんねぇ。」

仕方ないよねぇ。そうつぶやいて、空へと続く石段を踏みしめた。


蝉時雨、夏の空、飛行機雲、線香の煙、


時期的なものもあってかきれいに活けられた菊の花が先客を知らせる。
天へと登る煙を眺めながら、物言わぬ石に向かって手を合わせる。
目を閉じることもせず、ただ蝉の声を聞きながら、ただその石と向かい合っていた。
そこに、思慕も寂寞も憐憫も郷愁もない、事実と向き合うには時間が経ちすぎていたし、向き合うほどの立場にはない。

仲がよかったわけでもなく、仲が悪かったわけでもなく。
ただ日々の忙しさの中で、ふと思い出すように心の中で悼むことがあっただけ。
それがたまたま今年は、行ってみようかという気になっただけ。

あの時確かに感じた悲しさは、今もこの胸に残っていますか?

この行為はただの自己満足ではありませんか?

ここにくれば何かが変われるとでも思った?

繰り返される問いに答えはもっておらず、また答えることもできない誰かに答えを委ねることもできず、
形だけ手を合わせたようにうつるであろう己の姿に辟易としながら立ち上がり、振り向くことなくその場を立ち去った。


思い出すことが追悼だと、忘れずにいることが唯一の供養だと、
最早、確かめようもないことを(行動を、気持ちのやり場を)彼の人に推しつけて、


そして逝ってしまった人の時間を止めたまま


夏が終わる。

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