SWEET PAIN
―いつのころか好きなだけじゃ動けなくなった自分がいた
「ねぇちゃん、電話鳴ってる。」
「…んー。」
リビングに置き去りにされていたケイタイが自己主張をしはじめたので、仕方なしに持ち主のところまで届けてやる。
後から持ち主が下りて来た時にでも、「鳴ってたぞー」と教えればいいだけなんだけどな。とかどうでもいい事を考えた。
途中で鳴り止むかと思ったソレは辛抱強く主張を続けており、急ぎの用かもしれないからさっさと持ち主に渡さなければ、と何故か焦る
なのに、なのに、だ。
「とらないの?」
「……んー。」
ベットの上に資料を広げ、ノートパソコンを覗き込みながら生返事。
部屋の入口にまで取りにくるような人間でない事は、端から期待していないが、
せっかくヒトが焦って持ってきてやったのに、と少し恩着せがましいこと考えていると
長い事自己主張を続けていたソレが、姉のやる気なく差し出された右手の上で沈黙する。
サビの中途半端な所で切れたので、少し、落ち着かない。
「…ナニ?」
「何って、せっかく持ってきてやったんのに何でとらねーんだよ?」
「とりたくないから。」
パソコンのディスプレイから立ち上る青白い光が顔の下半分を照らし、
更に発せられた台詞の温度が急に秋めいた夜の肌寒さを助長させた気がして、続けようとした言葉を飲み込んだ。
「触らぬ姉にタタリなし」どうやら今晩は相当キテいるぞーと、さっさと被害の及ばないところまで逃げようとしたその時、
再び、ソレは鳴りはじめた
「……。」
「……。」
あ、俺がいるからか?と思って、遅ればせながら気を利かせて部屋を出ようとしたら背後で軽い電子音が鳴るのを聞いた。
「…もしもし。」
無意識だった。別に、他意はなかった。興味があったわけでもなくて、ただドアノブを右手で持って自然と振り向いたその時、
先程まで自己主張を続けていたケイタイを持ってこちらを向いている姉と目が合った。
「…もしもし?ああ、うん聞いてる。」
通話口の向こう側にいる人と喋っているのに視線が外れない
「いいわよ。それで。…その方がいいんでしょ?」
聞かない方がいいに決まっているのに何故か動けない
「やり直しがきくんなら、…今までのが意味がなくなるって事でしょ?」
俺に聞かれたわけじゃない
「そんなのゴメンだわ。」
そうして笑って、回線を遮断した
「…立ち聞きなんて悪趣味ー。そんな子に育てた覚えなくってよ?」
「ヒトがいるところで別れ話するほうが悪い。」
「ホント。間の悪い男。」
「…いいのかよ?」
聞いて、シマッタと思った。いいも悪いも、
「ガキが誰にモノ言ってんの?」
「スミマセンでした。」
にこやかに詰め寄られて半ば条件反射で謝る。
ホントにアンタは無粋よね。などとわかった風に言われて反論しかけてやめた。
今度は何といわれるかわかったモンじゃなかったし。
ホラ、ぼさっとしてないでお茶でも持ってきなさいよ。アンタが女の子達からよく気がつくだのさりげない優しさがどうのって誰のおかげだと思ってんの、なんて
言いがかり的な勝手な言い分も今日ぐらいは、目を瞑ろうと思う。
いつの間にか好きなだけじゃ前に進めなくなったヒトの背中を見ながら
できることなら、さっさと幸せになってくれないかな、と頭の隅で思った。