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                             ―そして、夜が明ける。


                                 白い月を浮かべたまま。



あてもなく歩いていたのかと思ったら、足取りはしっかりとお目当ての店へと続いていた
住宅街の片隅のパン屋からは焼きたての匂いが漂っていた。
自然と手を離し、店のなかに入っていく背中を見つめ、ふと視線を感じて下を見る

相棒の猫がそのビー玉のような瞳で見つめていた。

いたたまれなくなって視線をはずす。

責められている気がして。

「はい。」

目の前に差し出された袋を反射的に受け取ってしまい顔を上げると、
すでに袋から揚げたてカレーパンを取り出し、ほおばりながら歩き出す彼女を慌てて追う。

「おい?!」
「何?カレーパン嫌い?ココのおいしいよ?」
「嫌いじゃないけど朝から揚げパンはキツイだろう。じゃなくて!」
「シロコさーん。コンビニまで我慢してねー?」

人の話は聞かずに、歩を進める。
あー、チクショウ。

「・・・次は何処だって?」
「コンビニで、シロコさんのご飯とコーヒー牛乳。」
「コーヒー牛乳はパン屋に売ってだろ?」
「あのメーカーは美味くないからイヤ。」

特別な日になどしない。いつもの日常。
いつもと違うのは、やること全てが、最後になるかもしれないという事実だけ。

「・・・考えてみたらさー。」
「うん。」
「何時何処で死んだって、おかしくないのよね。」

先を歩く背中しか見えない為表情が読み取れない。

仕事を進める以上諦めてくれた方がやりやすいはずなのに、

そんな諦めた台詞は聞きたくなかった。
あがいて欲しかった。

さっきは、諦めて泣けばいいと思っていたのに。
胸のうちのグルグルとした感情の波に、知らず眉間に皺がよる。

「アンタまで、混乱しないでよ。」

笑う様に手を伸ばされる。


この手を取って、



俺は、どうしたいんだ?



『死ぬんだったら、天気のいい日がいい。』

そう嘯いてたのは遠い昔のように感じる。

毎日が当たり前に過ぎて、特別な事もなく、他の人と同じように、笑って・怒って・泣いて、
そうやって年を重ねていく事すら当然だと。
1年後の自分がこうあればいいと思っていても、それを現実に感じる事はなかった


まして、最後の事など。

「夢を見るのよ、たまに。」
「へぇ?」
「子供がいるの。男の子。女手1つで育て上げるの。」
「旦那いないんだ?」
「そ。シングルマザーってやつ。バリバリ働きながら育て上げるの。いい子に育つのよコレがまた!あたしに似て!!」
「夢の中でも男っ気が無いわけね。」
「・・・・息子は男だから息子って言うのよ?」

起こるかもしれなかった未来の話。夢の話。

「お前の息子なら、さぞかしイイオトコに育つだろうな」
「あたしの息子だからね。」


笑いながらふたりで見上げた空は、
太陽が白い月の存在を追いやるように、高さと光りを増していた。



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