ピンヒールなんて履くんじゃなかった。


高台の公園に向かう石段を駆け上がりながら心底後悔した。
運動不足の自分に苛立ちを覚えつつ、とにかく早く、この場から離れなければ、とそれしか考えられなかった。

―ナンデ?
 わからない
―アイタクナイ?
 そうじゃない!!
―ダッタラ、
 なんで・・・?


次の瞬間世界が動いた。


「っぶな!」
「・・・?!え?」


見上げれば秀麗な顔と紫暗の瞳
逆光で光る金髪。
背中に感じる熱と鼓動。
あたたかな、生きた感触。
階段から落ちて受け止められた事がようやくわかった。




「寝顔って、ダレの?」

頭上から降ってきた、認めたくはないが、聞きたかった声に体が動かなかった。

だっている筈がない。さっきTVに映ってた。
半ば言い聞かせるように、まるできしんだドアを開けるように
全身の筋肉が剥ぎ取られるような錯覚を覚えつつぎこちなく振り返ると。
見紛う事なき姿がそこにあった。

「・・・久しぶり」

艶のある声だと思う。幻聴に加えて幻覚かと思いたかったが
そうではないと頭の中で何かが叫んでいる。
目の前に、手を伸ばせば届く所に、いる のだ。彼が。


「?・・・ミリアリア?」

自分に向かって手が伸びる緩々とその手を見つめ
それが頬に触れようとした時
何かが弾けた。



「っとにいきなり逃げたかと思えば、いきなり人の上に落ちてくるわ、何考えてんだ?!」
「・・・何で・・・?」
喉がかすれてうまく声が出ない。息が切れて声が出せないのか、それとも?
ただ呆然とその顔を見つめる。

「・・・こっちが聞きてぇよ。」

半ば疲れきった感想を述べる目の前の青年に「だろうなぁ。」と頭の中で相槌を打つ。




「?・・・ミリアリア?」
「っ!!!!きゃぁぁあぁあぁぁー!!」
逃げたのだ。思わず。言葉通り「思わず」。
今自分を受け止めた手が頬に触れるか触れないかのその瞬間。
手にしていたバックをその綺麗な顔面に投げつけ、キレイにのけぞったのを見届け
あとは全力疾走でココまでやってきた所で階段を踏み外し、
彼の腕に受け止められた。


自分でも何がしたいのかよくわからない。


「怪我は?」
「え?・・・あぁ、平気。」
「慣れないもん履くから。」
「ちょっ、うるさいわねいいでしょアタシが何履こうがアンタには関係な」
い。と言いかけて止まる。ひどく真摯な顔で見られて落ち着かなくなる。
また、逃げ出したくなる。

とりあえず距離をとろうとするが、がっちり腕を掴まれて離れる事さえままならない。
「・・・聞いてもいい?」
「・・・なに?」
目を合わせることができずに、下を向く。

AAにいた頃もそうだった。普段ちゃらちゃらしてるくせに、時々変に真剣な顔するから
落ち着かなくて、逃げ出したくて、その視線に気づかないフリをして何食わぬ顔してごまかしていた。
今、この状態で身動き1つままならず。ごまかせるだけの余裕は今の自分には無い。


やさしい声がした。
「逃げるほどキライ?」
反射的に顔を上げる。
「顔も見たくない?」
「違う!!」
叫びに近い声を張り上げる。
傷つけた。そう思った。
そうじゃない、そうじゃないのだ。

必死で言葉を探す。そんな葛藤を知ってか知らずか、やわらかく微笑し顔を覗き込んでくる。

「じゃあスキ?v」

・・・こいつは。

違う意味で顔が上げられなくなった。


「好き?」
「―キライ。」
腕の力が抜けたのがわかってすかさず立ち上がる。
「えー?」と不満そうに頬を膨らませる。可愛くないぜっんぜん可愛くない可愛いなんてありえない。
軽い脱力感を覚えつつ見ない振りして石段を登る。
2段目に足をかけたところでふと気づく。

「アンタ何でこんなトコいるのよ!!!」
何を今更といった顔で笑われる。

「おー眺めよさそー♪」
「ちょっ?!ねぇ式典は?!」
「ああアレ?録画。昨日のだもん」
「そうなの?!」
「見てくれたんだvv」
「ったまたまよ!!」

偶然は偶然だが慌てて録画までしたなんて口が裂けたって言わない。

「カッコよかったでしょーv惚れ直した?」

・・・このオトコは。

「・・・誰が。」
「ふぅーん?vv」

予想通りと言わんばかりに満足そうに笑う顔を横目で睨みつつ歩を進める。

頂上の公園に着くと急に視界が広がった。
眼下に広がる町並みの端に復興途中のモルゲンレーテと海が見える。

『とっととそこから下がれよアークエンジェル!!』

必死になって戦っていたあの時、バスターを取り戻したのならそのまま
ZAFTに戻る事だって出来たはずなのに、何故、戻ってきてくれたんだろう?

今なら聞けるかもしれないと、答えてくれるかもしれないと思って
疑問を口にしようとする。が、

「何で戻っちゃたんだろうネェ、おれ。」
「は?」
「バスター取り戻したんだったらZAFTに戻る事だって出来たのにね」
「・・・」
「何でだろ」
「・・・後悔してるの?」
「まさか」

意味がわからなくて眉を顰めれば、返ってきた言葉はあんまりにも彼らしい答え

「称賛を与えたいね☆」
「アンタ自分大好きでしょ?」
「まぁねぇ〜♪」
「じゃあ・・・」

何でと言いかけて言い澱む。物のついでに聞ける事じゃない。
歯を食いしばる、叱責しそうになる自分を必死で抑える。
彼に責任はないのだ。

わかっている。わかっているつもりだった。わかっていたつもりでいた。
彼のいるべき場所がここではない事も。
何故あの場へ戻ったのかも。本当の事は自分はちっともわかっていない事も。
わかりたくなかった事も。

「争う為にザフトに戻った訳じゃない。」

耳をふさいで、子供のようにうずくまりたかった。

「戦争をしないために。」

「また『赤』を着て?!武器を持って?!」

彼の方へ向き直る事もできずに前を向いたまま、知らずと声を張り上げる。

「『赤』は着ない。アレが最後。」

「・・・え?」

「だって、一度はZAFTに銃を向けた訳デショ?そんな奴に『赤』着せる?」

うわー絶対ありえねぇー等と人事のように笑い出すものだから、呆気にとられてその姿を見つめる。

「今回は特別だった訳。明日からは『緑』だぜ?このオレがvv」

まぁ何着ても似合うんだからしょーがないよねぇと屈託のない笑顔を返される。


「ディアッカ」


何か言わなければいけない。そう思うのに何も口にする事ができない。
だってこの人は「戦場」に戻るのだ。
今この人の為にワタシに何ができるだろう?
気をつけて、無事を願ってる、そんな言葉にどんな力があるって言うんだろう
だって彼は戻ってこなかった。そしてこの人は戻ってきた。
何も言えない。
ただ迷いも無く向けられた紫暗の瞳が綺麗だと思った。
逸らす事もできず、ただ、ただ。



「聞きに来た。」


風が吹いた



「泣いてないか、俺がいなくても平気か聞きに来た。」

余計なお世話とか調子に乗るなと言いたいのに喉が掠れてうまく答えられない。

「だから、大丈夫だって言ってvv」

そんなの決まってる。決まってんじゃない

「嫌。」

「えー?」
「いつの間にか艦下りてそれきり音沙汰ナシの人間に、っちゃんとお礼も言わせてくれなかった奴に
心配なんかされたくないっ。」

泣くな。意地でも何でもいい見苦しくていい。だってコレが最後なんて嫌だ。
我ながら混乱してると思う。

「礼を言わなきゃなんないのはオレの方だ」

「ミリアリアに会えてよかった。」

反則だ。このタイミングでそんな事いうから「タラシ」だの「エロスマン」だの
言われるくせに。


「ありがとう」


堰きとめていた感情が流れるのがわかってあとはただ
彼の肩口が涙でぐしょぐしょになるぐらい泣き続けた。

「・・・汗臭い。」
「・・・そりゃすいませんでしたネェ」





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例え 貴方が
       未来を見失っても